銀行員と社長の考え方の違い
銀行員の優秀さはどこにあるか
時に、銀行員を揶揄(やゆ)するときに使われる「銀行員はつぶしが効かない」というこの言葉、確かに否定はできません。よくも悪くも、銀行という業務で最も知恵をしぼるのは融資について。
銀行員は、融資部門にさえ配属されていれば、融資のプロになる道が開かれるものの、それは、別の見方をすれば、「カネ」の動かし方の一部でしかありません。
実際、経営においては「カネ」以外でも「ヒト」や「モノ」最近では「情報」にも目を配らなくてはいけないのですから「カネ」を動かすだけでは足りません。
銀行員が銀行員でなくなった時、モノ、という意味ではあまり触れたことがなく、またヒト、という意味でも、銀行員は銀行という大企業のルールの中で「型にはまった」対応が中心であって、銀行員時代は問題がなかったことが、銀行を退職したあとは、そういうわけにいかなくなってしまうのです。
それが結果として、銀行員は銀行業務以外できない、という印象をもたれてしまいがちになる一つの原因なのでしょう。
しかし一方で、銀行員だった人は、融資の出し手であった人であり、そのスペシャリストであることに疑いはありません。資金の流れから企業の存続可能性を把握することには、もちろん長けています。
社長と銀行員のギャップのありか
企業において、カネを生むのは
モノ=商品やサービス
なのですから、経営者としては、銀行には自分たちの商品やサービスを理解してもらい、それによってカネの融通をしてほしいと思うところです。
しかし、銀行の商品やサービスは、わかりにくいもの。だからこそ、決算書などを見て、その実績から判断しなければならないのです。
言葉を変えますと、社長は
「うちのコレを見てほしい」
と考え、銀行員は
「そんなものわからない。それより失敗したらどうするんですか?」
と考えているのが実態です。
この状態が続く限りは、本当に実績をつくるまでは、なかなか融資を得ることは難しいもの。また、もう一つ、忘れてはいけないことがあります。
銀行員にとっての「勝負」できる土俵の大きさ
企業として勝負に出たいとき。どうしてももう一度、融資を得たいとき。銀行に融資の申し込みをしようと思ってもなかなか厳しい、銀行の対応。
しかし、これは当たり前な銀行の対応であり、仕方がない、と割り切るべきです。社長にとっては5割以上、9割大丈夫なことであっても銀行員にとっては割りが悪いのです。
なにしろ、金利2.5%での融資であれば、コストを度外視して考えても失敗する(=融資先企業が倒産して貸倒れとなる)可能性は40分の1でようやくトントン。
成功率97.5%の可能性でようやく融資審査の土俵に上ることができ、そこからコストや収益の計算が行われるのです。経営者が、自分の基準で銀行に融資依頼をかけても、そもそも基準が違うということです。このポイントが、中小企業と銀行のギャップの元にあります。
ギャップを埋めるためには?
この通り、銀行は一般事業者と比べてはるかに薄利多売な商売で、取りこぼしが許されないことを常に考えています。したがって、中小企業が銀行と良好な信頼関係を得るためにはこのギャップを埋めにいく対応が必要になります。
だからこそ、
「事業が成功している実績を開示し」
「うまくいっていないものには対応していることを説明し」
「事業として存続していけるだけの収益をだせることを証明し」
「定期的、継続的に状況の説明と振り返りを行い」
「最終的に借りたお金を返すことができると思われる」
ことができなくてはなりません。どこまでも銀行とケンカをするわけでもなければ、銀行の奴隷になるわけでもありません。
勘違いしがちなのは、「銀行がそう言ったから」という考え。会社の商品やサービスは、その会社が、社長が一番知っています。
銀行に、自社の商品やサービスを、何回も伝え続けるくらいでちょうどよく、銀行も最終的には、そのような会社を高く評価します。銀行員は、カネのこと以外は得意ではないのですから、それを知らせてくれる、納得させてくれる会社に興味をもつのです。